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商業主義随想
CM、略さずに言うとコマーシャルメッセージ。
その名の通りそもそもが商売じみたものであり、売りたい・儲けたいサイドの者からの熱く切ない魂のポエムである。
で、あるからして、その演出方法や文言等で多少耳につくところがあったとしてもそれはある種の必要悪、当たり前のことなのであり、それがちょっと自分の趣向にそぐわない、嘘・大げさ・紛らわしく感じるからといって簡単にJAROに電話したりするのは、これは大人として大変よろしくない。
脳・脊髄・シナプス系における余裕しろのなさ、いわゆる懐の浅さを自ら露顕させるようなもので、それこそ大げさ・紛らわしい主張と見なされても弁解の余地はないと思う。

という風に基本的にはマスメディア寄りの考え方を持っている筆者だが、昨今のCMで濫用されるようになったある一節が実に気になっている。
それはCMのラスト1秒に挿入される「売れてます!」というセリフ。
”売る”ためのメッセージに”売れてます”という表現を使う、これってなんなんだろうと思う。
もうあれですか、考えるのやめましたかと。
もはやサブいとかそういう領域を突き抜けてしまっててただただゲンナリする感覚。
あさましき扇動者としての姿を美しき表現者としてのオブラートで包み込む構造があるからこそ、CMにはその独自の世界観・押し殺したおもしろさが滲み出てくるものだと理解しているが、そこで「売れてます」なんてアパレルの店員じみたこと抜け抜けと言われた日には、扇動される側の人間として「やられた」と柏手を打つこともなく、実に寂しい思いがする。
「信者は○○万人です!」を売り文句にする宗教家の思想に果たして魅力を感じるだろうか、ということである。

同様の感覚を抱いた話題が先日のヤフートピックスにあった。
「実力派バンド○○、あの名曲のカバーで本格デビュー!」
バンド某がカバーするのはお馴染み「夏の日の1993」だが、曲云々はこの際どうでもいいことで。
なぜ"実力派"バンドがカバー曲でデビューするのかと。
もとい、なぜカバー曲でしか離陸できない新人を、臆面もなく”実力派”と言い切ってしまうのかと。
カバー曲の魅力、アレンジ次第で新しい旨みを引き出せる可能性を否定するつもりは毛頭ないが、少なくとも新人がデビュー曲でやることではない。
新加勢大周とやっていることは同じだが、あれは少なくとも誰が見てもネタだった。
今回の件ではより売り手側の本気度、「素でウレるんちゃうんか」と思っている感じが強く感じられる分、脱力してしまう。

ある意味、売り手側からこういった形のアプローチがなされることに対して我々はバカにされていると思った方がいい。
つまるところ重要なのは商品の質なのでモノが良ければ買えばいいと思うが、その購買行動が結果論そういった浅はかなアジテーションに対する評価となってしまうことについての意地だったり引っかかりだったりする感覚は持っていたい。
個人的にはそう思う。
| コラムと下ネタ | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0)
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